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古代王国を歩く
 
  卑弥呼が邪馬台国を治めたとされる頃、
日本海を見晴らす伯耆大山の麓に古代人の巨大なクニがあった。
土地の豪族がゆるやかに連合していた古墳時代、出雲国や吉備国は、
畿内や九州からも一目置かれる勢力を誇っていたという。
大陸との活発な交流や近畿と九州を結ぶ要所として、
日本の歴史に大きな影響を及ぼした中国地方。
いま、その歴史が神秘のベールを脱ぎ始めた。
 
1.”国譲り神話”の舞台、出雲大社
出雲大社は、国造りを進めていた大国主命(おおくにぬしのみこと)に対し、高天原の神々 が“国譲り”を迫ったため、その見返りとして建てられたものだという。江戸時代に建てられた現在の本殿の高さは24m。しかし、社伝では、その倍の48mに達する日本一の高層神殿が天に向かってそびえていたと伝えられている。その真実性を裏付ける巨大な柱根が平成12年に境内から発見され、古代へのロマンはさらに膨らんだ。60人分に匹敵する重さの大注連縄など、すべてに桁外れなスケールの出雲大社は、古代王国の壮大さを物語っている。
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3.日本最大級の弥生時代の集落跡、妻木晩田遺跡
20世紀の終わり、日本の古代史を覆すような大発見が、淀江町・大山町にまたがる丘陵地であった。妻木晩田(むきばんだ)遺跡は、弥生時代の代表的な遺跡として知られる佐賀県の吉野ヶ里遺跡の1.3倍の面積を持つ、わが国最大級の弥生時代のクニの跡。丘陵地にあったため2000年間壊されることなく、居住地、墓地、倉庫群、生産の場など弥生時代の計画都市が完璧に近い形で残されていた。現在、7地区に分かれた遺跡のうち、胴ノ原地区、妻木新山地区の一部を一般に開放。復元された王墓群や発掘されたままの竪穴住居を見ることが出来る。
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2.古代文化の薫る吉備路
のどかな田園風景が広がる吉備路には、かつて大和朝廷に肩を並べるほどの古代王国があったという。一帯には、近畿の大王墓にひけを取らない巨大古墳群が点在。しかし、埋葬されている豪族の名さえわからない。総社平野を見下ろす山頂には、 2.8㎞にわたって強固な土塁を巡らせた古代朝鮮式の山城「鬼ノ城」(きのじょう)がある。桃太郎伝説の鬼の居城とも・・。また一説には、朝廷が海外からの侵攻に備えた城ともいわれるが、その歴史は定かでない。多くの謎に包まれた吉備国は、古代へのロマンをかき立てる地である。
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