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倉吉は古代に伯耆国の国府が置かれ、南北朝時代には町の南にある打吹山に城が築かれた。江戸時代に城下町として発展し、交通の要所、商工業の中心として栄えた。その繁栄の象徴が、玉川沿いに建ち並ぶ白壁の土蔵だ。情緒ある通りには、問屋や酒・醤油など製造業を営んだ商家の蔵が建ち並び、国の重要伝統的建造物群保存地区に指定されている。古い蔵や町屋を改装し「赤瓦」と名付けられたて7つの店がある。喫茶店や売店、ギャラリー、体験もできる工房などになっていて人気だ。 |
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古代から畿内と出雲を結ぶ交通の要所であった津山には、美作国の国府や国分寺が置かれ、街道町として栄えた。江戸時代には津山城が築かれ城下町としても発展。城の南に出雲街道があり、この道を中心に町人町が作られた。城東地区には今でも立派な商家や屋敷が多く「城東町並み保存地区」となっている。城址の西側には武家屋敷もわずかに残り「美作の小京都」とも呼ばれる。桜の名所として知られる津山城跡の鶴山公園や、優美な庭園「衆楽園」も訪れたい。 |
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竹原は平安時代には「竹原の荘」と呼ばれ、京都の下鴨神社の荘園として栄えた。江戸時代に瀬戸内の塩田で富を築くと、積出港に隣接した中心街の本町には、豪華な屋敷や造り酒屋などが建ち並んだ。文化的にも江戸後期の儒学者・頼山陽を輩出し、日本ウイスキーの父と呼ばれる竹鶴政孝を生む。重要伝統的建造物群保存地区では、江戸後期の町並みが良く残っていて、漆喰の壁と格子窓の家並みが見事だ。「安芸の小京都」とも呼ばれ賑わっている。 |
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鎌倉時代に本格的な城が築かれ、江戸初期に町割りなどが整備され城下町として発展した。幕末から明治にかけては西周や森鴎外らの知識人を生んだ地でもある。藩校跡や武家屋敷跡がある白壁なまこ塀の「殿町通り」では、堀割に鯉が泳ぎ、初夏にはカキツバタの花が咲く。立派な家老の表門も見所。商人の町にあたる本町通りにも、白壁土蔵のある造り酒屋や昔ながらの商店が建っている。趣のある古い町並みは「山陰の小京都」とも呼ばれる。また、森鴎外旧宅や「安野光雅美術館」などの美術館も訪れたい。 |
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古くから海上交通の要所として栄えた倉敷。江戸時代に幕府の天領となり、多くの蔵屋敷が建てられたため「倉敷」と呼ばれるようになったと言う。美観地区となっている柳並木の倉敷川沿いに大原美術館や、なまこ壁の見事な土蔵が建ち、おしゃれなカフェやショップも並ぶ観光エリア。今は静かな本町通りから東町通りは、かつての中心街で造り酒屋や商家などの町屋が残っている。倉敷紡績の工場跡を利用した煉瓦造りのホテル・倉敷アイビースクエアも雰囲気がある。 |
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古代出雲の中心地として早くから開け、奈良時代には国庁や国分寺が置かれていた松江。江戸時代には松平氏の城下町として栄え、今日に見る都市の基礎が形成された。特に「不昧公(ふまいこう)」と呼ばれた七代藩主松平治郷(はるさと)は文芸や禅を愛した教養人で、茶の文化を松江に根付かせた。松江城を取り囲む堀川沿いには古い町並みが残っている。伝統美観地区に指定された、塩見縄手の武家屋敷は素晴らしく、その一画には小泉八雲が住んでいた屋敷もある。遊覧船で堀川からの風景を楽しめる「堀川めぐり」が人気だ。 |
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柳井はかつて「楊井津」(やないつ)と呼ばれ、古くから瀬戸内海の要衝として栄えた港。江戸時代に入ってからは岩国藩の港となり町人町として繁栄した。今でも古市・金屋地区には、室町時代からの町割に江戸時代の妻入塗屋造りの商家が建ち並び、国の重要伝統的建造物群保存地区に指定されている。国森家住宅は江戸中期に建てられた商家で、母屋は見学もできる。毎年8月13日には白壁通り周辺で、愛らしい金魚ちょうちんが飾られる「金魚ちょうちん祭り」が開催される。 |
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