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金子みすゞ
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幻の童謡詩人、金子みすヾ
 
「若き童謡詩人の中の巨星」と
称賛された金子みすヾ

 金子みすヾは、明治36年(1903年)、いまの長門市仙崎に生まれた。みすヾは20歳の年に下関に出て、親戚の書店を手伝いながら童謡を書き始める。その処女作「お魚」を読んだ西条八十は、自然のすべてに深いまなざしを注ぐみすヾの詩を絶賛。以降も『大漁』や『わたしと小鳥とすずと』などに代表される感性豊かな詩を高く評価し、”若き童謡詩人の中の巨星”とみすヾを称した。しかし、26歳の若さで自ら命を絶ち、金子みすヾの名は、“幻の童謡詩人”として語り継がればかりとなった。その後、長い時を経て遺稿集が発見され、やさしい言葉で紡がれた、みすヾの詩を愛する人々の輪が広がっている。仙崎は、その詩作の源とも言える、みすヾの文学を語る上で欠かせない土地である。
 

 


王子山から眺める仙崎
みすヾのみずみずしい
詩作の源となった町、仙崎

 みすヾは、仙崎周辺の美しい風景を「仙崎八景」と呼ばれる8編の童謡で綴っている。“お宮”と歌われた祇園社。“竜宮みたいにうかんでる”と表現した王寺山からの眺め、“あまりかわいい島だから”で始まる弁天島・・。仙崎の美しい風土は、みすヾの生まれながらの感性をゆっくりと磨いていった。また、かつて捕鯨基地として栄えた漁師町に育った経験もみすヾの詩を輝かせている。鯨たちの鎮魂を祈る法要を材に、“おきでくじらの子がひとり、その鳴るかねをききながら、死んだ父さま、母さまを、こいし、こいしとないてます”・・とよんだ「鯨法会」は、いのちの連鎖のかなしみをみずみずしく伝えている。

祇園社

大泊港

 


金子みすヾ記念館
ゆかりの通りを散策し、
みすヾの時代へタイムスリップ

 JR仙崎駅から海岸へ出るまでの約1kmは、「みすヾ通り」と呼ばれている。生家跡には「金子みすヾ記念館」が建てられ、みすヾが幸せな少女時代を過ごした金子文英堂書店が復元されている。店先の様子やみすヾの部屋も見ることができ、しばし、みすヾの時代へタイムスリップ。さらに海へ向かって歩くと、みすヾが眠る「遍照寺」。その先に浮かぶ青海島に渡り、丘の上にある「王子山公園」にのぼると仙崎の町が一望できる。詩碑やプレートも町のいろいろな所にあり、また、みすヾ通り沿いの家々の軒先には、「大漁」などの代表作が手作りの木札に書かれ吊されている。みすヾの愛した仙崎の人々は、だれよりもみすヾ のやさしい言葉を愛している。


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