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「若き童謡詩人の中の巨星」と
称賛された金子みすヾ
金子みすヾは、明治36年(1903年)、いまの長門市仙崎に生まれた。みすヾは20歳の年に下関に出て、親戚の書店を手伝いながら童謡を書き始める。その処女作「お魚」を読んだ西条八十は、自然のすべてに深いまなざしを注ぐみすヾの詩を絶賛。以降も『大漁』や『わたしと小鳥とすずと』などに代表される感性豊かな詩を高く評価し、”若き童謡詩人の中の巨星”とみすヾを称した。しかし、26歳の若さで自ら命を絶ち、金子みすヾの名は、“幻の童謡詩人”として語り継がればかりとなった。その後、長い時を経て遺稿集が発見され、やさしい言葉で紡がれた、みすヾの詩を愛する人々の輪が広がっている。仙崎は、その詩作の源とも言える、みすヾの文学を語る上で欠かせない土地である。
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